完璧思考は失敗のもと。「確実」であることの「不確実さ」を知る

完璧主義者の実態は・・・?

巷には意外なほど多くの「完璧主義者」が存在するといわれています。
他人からみれば非の打ち所のないほどの「完璧」な仕事をしてみせることで、周囲からの賞賛を得たいのだろうと思われるかもしれませんが、世にいう完璧主義者の実態は必ずしもそうではないと思います。
むしろ自分の満足のいく状態を維持できなければ不安で仕方がない。
人によってはいてもたってもいられなくなる・・・。
そういう人が多い筈で、特に「情報」に関しては完璧主義者は本当に敏感に反応することでしょう。

様々な情報を「知っている」ということを強みとしている人間は多いと思われますが、完璧主義者の人はその度合いが尋常ではなく、自分でも気が付かないうちに「情報依存症」とでもいうべき症状に陥っていることがほとんどではないでしょうか?
世にアルコール依存や薬物依存はよく知られていますが、この「情報依存」は当然非合法なものではありませんし、一般的に他人から咎められるような類のものではないでしょう。
しかし他の依存症と同じように、この依存症は徐々に人間の思考に偏った方向性を与えてしまいます。

即ち、自分の目的達成のためには、それに関わりのある「あらゆることを知っておかねばならない」と思い込むようになってしまうのです。
そうなると、それを成し遂げるために絶対に知らねばならない(とその人が勝手に思い込んでいる)データや事実の羅列、ノウハウなどの大量の情報が次々と目の前に現れ、それに押しつぶされるような状態になってしまいます。
少なくとも心が休まる時はないでしょう。

いわゆる「完璧思考」の人間の多くは、こういった状態に置かれているのです。
とにかく完璧でなければ気が済まない。
だからできる限りのことを知っておきたい。
そうすればあらゆる事態に対処ができるハズ・・・。
しかし残念ながら、その試みはうまくいきません。
特に経営に関してはそうなのですが、何か一つの分野でさえ、たった一人の人間が深く理解するにはあまりにも多くの知識が必要とされるのです。
当然、様々な分野の知識を丸ごと吸収することなどできるわけがありません。

しかし「情報依存症」を患った人は、そういった事実を忘れてしまうか、わかっていたとしても心の中で無視を決め込んでしまいます。
そしてあらゆる情報を吸収して「完璧」を目指そうとした結果、なにもかも中途半端に終わってしまうのです。

情報依存という病

なぜ私がこうもはっきりと断言できるかといえば、数年前までの私こそがこの病を患っていた完璧主義者だったからです。
当時の私は、完全に押し寄せる情報の波に押しつぶされていました。
経営に関するあらゆることを必死に学ぼうとした挙句、結局は何も成し遂げることはできませんでした。
組織管理論から最新のWEBマーケティング、人脈活用術、法務関連の情報、財務に関する諸々の決まりごと・・・今考えれば本当に愚かなことだと思いますが、当時の私は完全に情報依存症だったのです。

まるで周りにある沢山の資料や書籍が私に向かって「この情報を整理するまでは行動を起こしてはいけない!」と呼びかけているようでした。
ここに書かれていることを残さず読み終わらなければ経営者としては失格だと言われているような気がして、とにかく遮二無二に知識を得ようともがいていたのです。
些か大げさに聞こえるかもしれませんが、意識的にせよ無意識的にせよ、頭のどこかでこういったありもしない声に支配されていた感覚が今でもあります。

当然、情報そのものがこちらに「できる限りの知識を得よ」と求めていたわけではありません。
私の方が勝手に自分自身に必要のない課題を課していただけです。
おそらく私と同じような気質の人は、多かれ少なかれこういった状態に置かれたことがあるのではないでしょうか?
特に仕事上の責任を果たそうと必要以上に力が入ってしまうような人は、最低限これだけは知っておきたいと考える情報の幅が広すぎるために、高い確率で情報の波に呑まれてしまいます。
波が向こうからやって来るのではなく、愚かにもこちらから飛び込んでいってしまうわけです。

それでは、当時の私のような完璧思考の情報依存者に有効な処方箋とは何でしょうか?

本当に欲しいものは「結果」なのか「情報」なのか?

たとえばマーケティングの世界では「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」という格言があるように、あくまでも顧客に対して「機能ではなく価値を売らなければならない」という戒めがあります。

この言葉は、情報依存症から抜け出すためのヒントを与えてくれていると思います。
「知りたがり屋」の情報依存者が意識すべきなのは、自分が本当に得たいのは「結果」なのか単なる「情報」なのかをはっきりさせることです。
情報依存症の人はたんに壁に穴を開けたいだけなのに、どのメーカーの電動ドリルを使うのか延々と悩んでいるようなものです。
これほどの時間の無駄はありません。

まずは自分の目的をはっきりさせ、それに寄与する手段だけを選ぶよう心がけるべきです。
そして細かい差異に関しては、時間の無駄と割り切る感覚を大切にしなければなりません。
特に目的を達成する手段が複数ある場合、その差異を検討している間に失われる時間的なコストをしっかりと念頭におくことです。

私の場合、月毎や週毎の目標を文字にして、そのための手段を簡単な文章でまとめておくようにしました。
予め手段を決めておいて、それがよほど不合理でない限りはそのまま実行するようにします。
これが過度な情報依存症だった私にとっては、意外なほど効果を発揮しました。
これによって「不確実性」に対する免疫が出来始めたのです。

そもそもあらゆる分野、あらゆる場面で不確実性は存在します。
100%の確実性を担保できるのは本当に稀なことであり、ほとんどの場合、不確実な部分は必ずどこかにあります。
したがって確実を期すために効果の薄い施策をあれこれと試すよりは、不確実性に直面しながら、前に進んでいくのがよいことになります。

逆に、「不確実性」から逃げ続けて自分を安心させてくれる情報を追いかけるだけの場合、自分の本当に達成したい目標を手に入れることは難しくなります。
結局はこれといった答えが見つからずに現状にしがみつくことしかできなくなるからです。
少なくとも「いまだに存在すらしていない問題」について、事前に解決策をあれこれと考えるのはやめるべきです。

成功者には「無知」が多い!?

実は成功した経営者には、自分の専門や得意分野以外はほとんど何も知らないという人が意外なほど多いのです。

かのヘンリー・フォードが法廷で「自分のわからないことは専門家に聞けばよい」という主旨の発言をしたことはよく知られています。
事実、彼は雇っていた多くの専門家に経営に関するあらゆるアドバイスをすぐに受けられる立場にいました。
自分の得意とする分野以外は全て他人の知識を利用していたわけです。
同様に、本田宗一郎さんの隣には違う分野の知識をもった藤澤武夫さんがいましたし、ソニーの盛田氏と井深氏のパートナーシップはあまりにも有名です。

このように、成功した経営者の傍らには、その人とは全くといっていいほど違う気質と知識をもつ人が協力しているのです。
それぞれの「持ち味」を生かして、うまく補完関係を作り出して経営を成功させてきたといえます。
こういった人々は、経営に関する様々な情報や知識を自分だけで集めて吸収しようなどとは考えもしないでしょう。
それが不可能であることを知っているからです。

何でも自分で知っていなければ気が済まない情報依存者や完璧主義の人は、まずはこういった視点こそが重要であると認識しなければなりません。
もし経営において最終的には自分が知らなくてはならないことがあったとしても、まず自分ができるようになるまでは人を雇ったり、あるいはアウトソースするということも視野に入れる必要があると思います。

自分にとって重要な目標に集中するために

情報の洪水から逃れるための方法は極めてシンプルです。
不確実性を受け入れ、自分の目標にとって重要でないことは、すっぱりと諦めてしまうことです。
これ以外に方法はありません。

そういった「思い切り」をつけるためには、自分の「外部」にある不確実性を管理しようとするのではなく、自分の「内部」に変化をもたらすことです。
結局は「外部」の問題ではなく、自分自身の「内部」のコントロールの問題なのです。

不確実なもののコントロールに余計なエネルギーを費やさずに、自分にとって価値ある目標のために時間を使いましょう。
そのためには自分の「知らなくてもよいこと」を明確にしつつ、必要なときにそれを知っている人に尋ねるというスタンスが極めて有効であることを肝に銘じておくべきです。
これはあまりにも単純なことであるがゆえに忘れがちな教訓です。

そして自分でビジネスをしているリモートワーカーにとって特に重要なのは、自分の目標達成のために「絶対に」必要なことだけを行うという姿勢でしょう。
最低限知る必要のあることだけをインプットしたならば、後は試行錯誤の連続と考えるのがよいです。それでも行き詰ったら、そのとき初めて立ち止まればよいのではないでしょうか?

真の意味でビジネスを成長させたいのであれば、そういった考え方が極めて重要だと思います。
完璧思考は何ももたらさない。
そう考えるべきなのです。

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